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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1068号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 高田優一

右訴訟代理人弁護士 黒川達雄

被控訴人(附帯控訴人) 日本設備株式会社

右代表者代表取締役 福居邦浩

右訴訟代理人弁護士 桐月典子

主文

一、本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1. 控訴人は、被控訴人に対し、金一九一万七四五八円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 被控訴人のその余の請求(当審における請求を含む。)を棄却する。

二、被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じて二〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)

1. 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2. 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

3. 被控訴人の附帯控訴及び当審における請求をいずれも棄却する。

4. 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

1. 控訴人の本件控訴を棄却する。

2. 原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金五七八八万五七八六円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え(右請求のうち、金一五〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める部分は、当審において請求を拡張した部分である。)。

3. 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示(ただし、原判決七枚目表五行目の「免失し」を「喪失し」と改め、同一一枚目表一〇行目の「被告高木」の次に「、伴」を加える。)中控訴人関係部分と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴人

1. 被控訴人は、控訴人に対し、原審において、第一に、控訴人が商法第二五四条ノ三に規定する取締役としての忠実義務に違反したことにより発生した次の損害について同法第二六六条第一項第五号によりその賠償請求をし、

(一)  山本、畠山、木内の新人教育に投下した費用 金三二五万九六二八円

(二)  山本、畠山、木内、石井、高橋、伴、高木が一斉に退社したことによる逸失利益 金四〇九四万二一五八円

(三)  信用低下による精神的損害 金一〇〇〇万円

第二に、控訴人が取締役在任期間中に被控訴人から支払いを受けた金二一八万四〇〇〇円の取締役報酬について不当利得による返還請求をした。

2. 被控訴人は、控訴人に対し、右の請求をするには、原審における右訴訟の提起及び当審における附帯控訴の提起をするほかなく、これらの訴訟手続のために訴訟代理人に支払った弁護士費用は、原審の着手金が金五〇万円、同成功報酬が金五〇万円、控訴審の着手金が金五〇万円であった。

右の合計金一五〇万円も、被控訴人が控訴人の本件行為によって被った損害に該当する。

3. よって、被控訴人は、控訴人に対し、当審において請求を拡張して、右金一五〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

4. 控訴人の後記3、4の各主張事実は争う。

二、控訴人

1. 前記1の事実は認める。

2. 同2の事実は争う。

3. 被控訴人は、その代表取締役である福居のワンマン経営で、その所有と経営が一致し、すべて福居の指示どおり運営され、取締役会は形骸化し、あたかも福居の事後的報告集会と化し、控訴人は、使用人兼形式上の取締役として、福居の命令に盲従せざるを得ない藁人形のような存在であった。このような場合、商法の合理的、目的的解釈上及び信義則上、控訴人は取締役としての忠実義務違反を問われることはない。

4. 被控訴人主張の従業員の退社の原因は、不当な賃金カット、強引な事務所移転、昭和五八年九月以降のコンピューター事業部幹部の社員に対する人事采配の不手際、労務管理のまずさにより起こされた各社員の不安、不満、将来に対する絶望等であり、控訴人の退社とは因果関係がない。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実、同2の事実中、コンピューター事業部等の所在場所及び被控訴人主張の者がその主張の日に被控訴人を退社したこと、同4の事実中、被控訴人主張の者が株式会社モアソフト(以下「モアソフト」という。)の発起人となったこと、控訴人がその代表取締役に、原審相被告高木(以下「高木」という。)及び伴がその取締役に各就任したこと並びに被控訴人主張の者がモアソフトに入社したことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1. 被控訴人は、厨房機器の製造、販売、避難器具の製造、販売等を行ってきたところ、経営の多角化を図るためコンピューター関係の業務に進出することとした。

2. 福居は、友人であり被控訴人の取締役でもある大倉隆之が経営する日本ソフトウエア開発株式会社の協力が得られることから、必要な人材さえ確保すればこの業界で発展できると考え、各方面にコンピューターのソフト及びハードの分かる者の紹介を依頼していたところ、昭和五五年暮ころ、知人の飯田某の知合いの増山忍を通じて、株式会社応用工学研究所に勤務していた控訴人を紹介され、何回か同人と面談した結果、その人物及び能力を高く評価し、同人に対し、被控訴人に設置する予定のコンピューター事業部の部長に就任してほしい旨要請した。

3. 控訴人は、福居から、右要請を受けた際、同人が以前に被控訴人から日本設備工事や木工所を独立させたことがあると言われ、「被控訴人の傘を貸し、三年後には独立させてあげるから。」などと述べられたので、これを承諾し、昭和五六年四月にまず義弟の伴を被控訴人に入社させ、翌五月、従前の勤務会社を退職して被控訴人のコンピューター事業部長に就任した。

4. 控訴人は、被控訴人に入社後、株式会社応用工学研究所に勤務していた真部敏男(以下「真部」という。)、渡辺肇(以下「渡辺」という。)やその他から人材を引き抜くことにより部の陣容を整えてゆき、昭和五六年九月には、被控訴人の主たる営業所のあるコモビル六階からコンピューター事業部のみ篠ビル九階に移転してもらい、業績を上げた。同事業部においては、所属の社員であるプログラマーやシステムエンジニア等の人材を他の企業へ派遣することが、その業務の主要な部分を占めていた。

5. 福居は、控訴人の働き振りを評価し、なお将来の活躍を期待して取締役への就任を要請し、控訴人は、これを承諾して、昭和五八年一月三一日付けで被控訴人の取締役に就任した。

6. 福居は、同年六月ころ、被控訴人のコンピューター事業部と他の部が二か所に分かれていては、従業員間の意思の疎通を欠き、一般管理費の増大を招く等として、新しく確保する万寿金ビルに集中移転させることを計画した。これに対し、控訴人は、右移転により、事務所のスペースが狭くなり、コンピューター、計測器の部品が紛失したり故障の原因になること、異業種の同居は不都合を生ずるおそれがあること等を理由に挙げて強硬に反対した。しかし、福居は、控訴人の反対意見を聞き入れず、同年八月一日、右移転を強行したので、控訴人との反目が生じた。

7. 控訴人は、ここに至って、早急に独立しようと決意し、同月二六日夜、トーシンハイム内の設立準備手続中のユニテックシステム株式会社(以下「ユニテックシステム」という。)の事務所に真部、伴、渡辺及び田中を集め、以前から話していた独立の話しを早める必要があり、そのためにアルバイトをして資金を集めたい旨述べて独立への参加を呼びかけた。これに対し、真部は、控訴人が秘密裡に事を進めようとしていることから右呼びかけに疑問を抱き、同年九月中旬ころ、控訴人に対し、右呼びかけには応じないけれども、被控訴人側にはこのような動きがあることを告げない旨伝え、渡辺も、そのころ、同様の疑問を持ち、控訴人に対し、独立の話に参加しない旨伝えた。

8. 控訴人は、更に、同年九月二四日午後、部下の野田雄二、越中谷真喜及び山口昇(以下「山口」という。)を自宅に招き、前同様に独立の話しをして参加を勧誘した。その際、右野田か越中谷が真部の参加しない理由を尋ねたところ、控訴人は、真部は技術力がないから連れていかない等と同人を誹謗する発言をした。野田が、同日、真部にその話しを伝えたところ、同人は、直ちに、控訴人に電話で抗議するとともに、控訴人が謝罪したのにもかかわらず、機械部長の青木進に相談し、同人の勧めを受けて福居に事の次第を打ち明けた。

9. 福居は、真部から打ち明けられた話しにつき、控訴人に直接これを確かめれば、同人において直ちに独立への行動をとるかも知れないし、そうなれば被控訴人内部に収拾することのできない混乱が起きるであろうと懸念して直接確かめず、いきなり、コンピューター事業部長の職を解き、同月二九日付で設立するユニテックシステムの取締役兼技術部長として出向させる旨発令し、コンピューター事業部長の後任には青木進を当てた。

10. 控訴人は、ユニテックシステムに移り、ユニテックマシーン一〇台を製造するなどした後、昭和五九年二月二七日、辞表を提出し、同年三月九日付で退職したが、右辞表を提出する際、福居に対し、コンピューター事業部の従業員で自分について来たいという者がたくさんいると言って勝ち誇ったような態度を示した。

11. これより先、伴が同年二月二一日ころ、被控訴人に対し、三月一六日付で退職する旨の届を提出し、石井が同年二月二三日、三月末で退社する旨の届を提出し、控訴人に次いで、畠山が同年二月末日ころ、木内が同年三月六日ころ、それぞれ退社届を提出し、高木、山本及び高橋は、伴とともに同月末日、被控訴人を退職し、少し遅れて同年五月末日、山口が、そのころ吉田祐子がそれぞれ被控訴人を退職した。

右退職の申出に対し、被控訴人側は、青木部長、真部課長において、伴を除き退職を思い止まるように説得したが、はっきりと控訴人について行くと言ったのは山口だけであり、石井は、義理があって学校の先生の紹介先に勤務すると言い、木内と畠山は、明確な理由を述べず、高木は音楽関係のことをしたいと言い、山本は母親の体が悪いので自宅から近い所に勤務する必要があると言い、高橋は派遣先の先輩といっしょに仕事をすると言い、吉田祐子は結婚のためであると言った。

12. 控訴人、伴、高木、石井その他三名の者が発起人となり、同年三月一〇日付でモアソフトの定款を作成し、同月三〇日、公証人にその認証を受け、代表取締役に控訴人、取締役に伴、高木、石井ほか三名が就任して、同年四月三日、モアソフトの設立登記がされ、同社は、そのころ、畠山、木内、山本、高橋を、後ろに、山口、吉田祐子をそれぞれ雇い入れて、コンピューターのソフト関係の業務を開始した。

以上の事実が認められ、、原審における被控訴人代表者の供述中、右認定に抵触する部分は、前掲各証拠に照らすと、にわかに採用することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二、被控訴人のように、プログラマーあるいはシステムエンジニア等の人材を派遣することを目的とする会社においては、この種の人材は会社の重要な資産ともいうべきものであり、その確保、教育訓練等は、会社の主たる課題であることは明らかである。したがって、この種の業を目的とする株式会社の取締役が、右のような人材を自己の利益のためにその会社から離脱させるいわゆる引き抜き行為をすることは、会社に対する重大な忠実義務違反であって、同取締役は、商法第二五四条ノ三、第二六六条第一項第五号により、会社が被った損害につき賠償の責任を負うべきものである。

前項で認定した事実によれば、被控訴人の取締役である控訴人が、その取締役在任中に、独立しようと決意し、その独立後の営業のために被控訴人のコンピューター事業部従業員らに右独立へ参加するように勧誘したこと、そのうち伴及び山口がこれに応じて退職し、後日、控訴人が代表取締役として設立されたモアソフトに雇用されるに至ったことは明らかである。また、被控訴人が主張するその余の退職した従業員につき、控訴人が右同様に勧誘したと認めるに足りる直接の証拠はないが、前項で認定した事実によれば、高木、山本及び高橋は、退職の時期が同一であり、それぞれ退職の際の理由として挙げたことに反し、直ちにモアソフトに雇用されていること、控訴人が元上司であることに照らすと、特別の事情がない限り、控訴人から伴や山口と同様に勧誘を受けたものと推認され、右特別の事情を認めるに足りる証拠はないから、同人らも右勧誘に応じて退職したものと認められる。

しかし、〈証拠〉によれば、石井は、東海大学第二工学部(夜間)の学業の継続を条件として被控訴人に入社し、控訴人の配慮により勤務時間についても一五時三〇分までとするなどの便宜を受けていたが、出向先の留任の要請があったのにもかかわらず、昭和五九年四月以降、本社への異動が決定されるに至ったので、残り一年の学業の継続に確信を得ることができなくなり、大学の恩師から仕事先の紹介もいくつか受け、被控訴人を退職することを決意し、辞表を提出したこと、その後、控訴人の独立の話しを聞き、知人を介して学業の継続を条件にモアソフトに入社したことが認められる。また、〈証拠〉によれば、畠山は、上司の渡辺から、翌日でも足りると思われる用につき電話をしばしばかけられたり、福居や青木部長が女子社員を全員やめさせようという考えであると聞かされたことなどが重なって被控訴人を退職する決意をするに至り、木内は、畠山の右電話の件を聞いたり、自らは出向先(東京銀行)の決め方が一方的であったうえ、出向してみると女子は不要だったと解ったことなどを非常に苦痛に感じ被控訴人を退職する決意をするに至ったことが認められる。そうすると、石井、畠山及び木内については、控訴人の勧誘により退職したと認めることはできない。

ところで、控訴人は、被控訴人が福居のワンマン経営で取締役会も形骸化し、控訴人が福居の命令に盲従せざるを得ない使用人兼形式上の取締役にすぎなかったから、忠実義務違反を問われるべきではない旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、控訴人は、福居からその働き振りを評価されて被控訴人の取締役に就任し、他の従業員に比較しても相当高額の報酬を受け、相当数の被控訴人の株式を保有してその配当も受けていたほか、会社を運営するための予算会議にも出席し、被控訴人事務所の移転に際しては反対意見を述べたりしたことが認められるのであって、これらの認定事実によれば、控訴人が単なる形式上の取締役にすぎなかったものと断定することはできないし、仮に、福居の命ずるところが不当であるとするなら、取締役会の招集を求めるなどして代表取締役の行動を監視すべきものであり、あるいはこれが効を奏しないのであれば、取締役を辞任するのが通常の方策であると認められるのであって、被控訴人がワンマン経営であったことをもって、取締役である控訴人の忠実義務違反を不問にすることはできないものというべきであるから、控訴人の右主張は採用できない。

次に、控訴人は、被控訴人に入社する際、福居と控訴人との間で三年後独立させる旨の約束があった旨主張し、前記認定のとおり、福居が控訴人に対し、採用に先立ち、三年後には独立させてあげる旨の発言をしたことは明らかであるが、その形態、内容等につき両者間で具体的な取り決めをしたと認めるに足りる証拠はないから、右のような発言があったからといって、控訴人が勝手に被控訴人の従業員を引き抜いて退社することまでも正当化することができるものと認めることはできないから、右主張も採用することはできない。

以上によれば、控訴人は、伴、高木、山本及び高橋の四名が退職したことにより被控訴人が被った損害を賠償する義務を負うものである。

三、そこで、被控訴人主張の損害について検討する。

1. 新人教育に投下した費用

〈証拠〉を総合すれば、山本は、日本工学院専門学校を卒業し、昭和五八年四月、被控訴人に入社したが、技術的にも優秀であり、入社後、一週間程度の社会人としての心得等につき教育を受けたほかは、いすゞ自動車川崎工場向けピッキング装置の回路図及び部品表等の資料を渡され、控訴人、伴らに実際の仕事をしながら教育を受けた(これをO・J・T、すなわちオン・ザ・ジョブ・トレーニングと称している。)だけで、その後、特別な講習も受けることなく各作業に従事したことが認められる。右認定事実によれば、山本は、一週間程度の社会人としての心得等の教育を受けているが、これは一般の企業で通常行うところと同様のものと考えられ、それに要する費用は新規に従業員を採用する場合の一般的必要経費というべきものであり、また、山本がO・J・Tにより教育を受けたというが、それに対しては、山本において実際に労務を提供しているのであるから、その対価として給与を支払うべきものであって、山本に対する新人教育に投下した費用として被控訴人が主張する金額を損害に当たるとする理由は認められない。

2. 逸失利益

前記各証拠によれば、被控訴人のコンピューター事業部は、主として、従業員であるプログラマー等の派遣を業としていたのであるが、この種の従業員については必ずしも代替性がないわけではなく、福居は、控訴人に指示して他社から人材を引き抜くことにより被控訴人のコンピューター事業部を充実し拡大させて来たし、昭和五八年一〇月ころには、控訴人が独立しようとして動き出したことを聞知するや、昭和五九年一月には他社から約八名を引き抜き、同年四月にも、五、六名を採用し、同年度の被控訴人コンピューター事業部としての利益は、前年度に比較して減少していないこと、この種従業員の新人教育には最低三か月を要することが認められる。

右認定事実によれば、伴ら四名の従業員の退職後三か月の期間があれば、被控訴人のコンピューター事業部の体制は、元の状態に回復することが可能であったものというべく、右の期間の逸失利益をもって、右四名の引き抜きと相当因果関係にある損害と認める。

〈証拠〉を総合すれば、伴、高木、山本及び高橋が退職時に割り当てられていた仕事並びにこれにより被控訴人が得ていた粗収入は、それぞれ被控訴人主張の金額であり、その三か月分を平均すると、金五三六万三二一三円となることが認められる。

他方、〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、右四名の者に対し、昭和五八年四月一日から昭和五九年三月末までの間に給与、通勤費、健康保険及び厚生年金の各事業者負担分保険料、諸雑費等として被控訴人が主張する各金員の合計を超えない費用を負担したこと、その三か月分を平均すると、金三四四万五七五五円となることが認められる。

そうすると、右粗収入額から右費用額を控除して得た金一九一万七四五八円をもって、被控訴人の逸失利益と認めるのが相当である。

3. 信用低下による精神的損害

原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、右四名の従業員が退職したことにより、被控訴人から従業員を派遣していた会社にある程度の迷惑を及ぼし、また、被控訴人の従業員間に動揺をもたらしたことが認められるが、他方、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人の代表者である福居は、控訴人が独立しようと動き出したことを聞知しながら、控訴人と話し合いの機会を設ける等の措置をとらず、かえって、控訴人から話し合いを求めても控訴人に独立させる話をしたことはないと言ってこれに応じず、むしろ控訴人を誹謗する態度に出ていたことが認められ、なお、控訴人の本件行為により被控訴人の信用が失墜して金銭的評価が可能な損害を被らせたと認めるに足りる証拠もないから、右損害の請求は理由がない。

四、次に、被控訴人主張の不当利得返還請求について検討する。

株式会社の取締役の報酬は、株式会社と取締役との間の委任関係に従い、定款の定め又は株主総会の決議をもってその額が定められ支払われるものであるところ(商法第二五四条第三項、第二六九条)、取締役が忠実義務に違反する行為をしたからといって、当然に報酬を受ける権利を失うものと解することはできない。

控訴人が昭和五八年一月三一日から昭和五九年三月九日まで被控訴人の取締役であったことは、当事者間に争いがなく、その間、控訴人が被控訴人から報酬の支払いを受けていたことは、弁論の全趣旨により認めることができる。

しかし、控訴人は、右取締役在任期間中、専ら自己のために独立の計画を実現する行動をしていたと認めるに足りる証拠はなく、かえって、控訴人は、被控訴人のコンピューター事業部長、後にはユニテックシステムの技術部長を兼務し(この点は当事者間に争いがない。)、それぞれ部長としての職務に従事し成果を上げていたこと、控訴人に対する被控訴人からの報酬は、右部長の職務についての賃金部分と区別されていなかったことが前掲証拠により明らかであるから、このような事実関係のもとにおいては、控訴人の取締役の報酬を不当利得に当たると認めることはできない。したがって、被控訴人の右返還請求は理由がない。

五、被控訴人主張の弁護士費用の請求について検討する。

被控訴人の本訴請求は五七〇〇万円を超える高額のものであるが、認容額は主文掲記のとおり遅延損害金を含めても三〇〇万円にも満たないものであり、また、控訴人の応訴の経過に照らしても、控訴人において不当に応訴又は抗争をしていると認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の主張する弁護士費用の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

六、よって、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し損害賠償金一九一万七四五八円及びこれに対する記録上明らかな本訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月一九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容すべく、その余は理由がないから棄却を免れないところ、これと異なる原判決は一部失当であるから、控訴人の控訴に基づき右のとおり変更することとし、被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴及び当審における請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 川波利明 近藤壽邦)

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